ivataxiのブログ

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退院訓練

自宅訓練
「自宅で普通に生活してみてください」ということで、しばらく娑婆に出ている。二箇所ある剃り込みハゲも頑張って髪型で隠し、毛糸の帽子も用意した。ともかく、外は寒い。院内ではどこも一定なので、薄いパジャマでフラフラできる。・・が、娑婆は冷たい風。普通の人でも風邪をひきそうだ。短い期間だが「普通の生活」を堪能したい。

自宅のお風呂
自慢できる程豪奢な風呂でみない。どちらかというと、お見せしたくない類のお風呂である。でも「自宅のお風呂」には「帰って来た」という実感を前進で体感できる、そんな良さがある。アカスリも使ったのだが、何しろほぼ一ヶ月お風呂に入っていない。少し小さいけれど西洋風のバスタブにスルリとつかる。背中がバスタブにこすれ、一枚「垢の層」がヌルリと動くような感じがした。人間の外側に、バームクーヘン状の垢の膜ができているみたいだった。けっこう、上質な時間が流れたような気がした。

シャバの散歩
シャバに出た・・といっても、ずっと退院ということでもない。来週にはまた病院生活なのだが、ヒトトキごく普通の人に混じって生きる。いつもの30分の散歩コースも小一時間かかる。道路の横断は命がけだ・・。自動車の人も、人間無視は問題だ。だが、こちらもゆっくり横断するオカシナ人間と見えるに違いない。事情をいちいち説明するのも面倒だ。なだらかな坂でさえ「坂だ」とわかるくらいに体がなまっている。ゆっくりしか歩けないから、今まで通り過ぎていた、道の小さな花やツボミにさえ目が止まる。「こんな所に花が・・」いちいち、心に刻む。考えてみたら、自分という存在、この小さな忘れられた花のツボミよりも大きいとはいえない。みんなが見ることもなく通過される、そんな自分なのかも知れない?とも思う。半分くらいで、息があがる。急にオナカが「グゥ~」っと鳴る。やはり、寝てばかりではこの空腹感は味わえない。

 

シャンプー
入院から数えると約一ヶ月の間、お風呂はもとより「シャンプー」をしていない。手術が頭で、しかも二箇所。そこだけソリコミがあるし、傷が本当に水をかけてもかまわないのか?とても心配で「シャンプーしても良いですか?」とは、なかなか切り出せなかった。だが「普通に歩いて良い」という医師からの指示が出てしばらく歩くこともでき、勇気を出して聞いてみた。「手術跡のカサブタが・・」と、遠まわしな切り出しだったが「シャンプーは・・どうなんでしょう?」と、消え行きそうな小声でようやく聞いた。すぐに、カサブタを取りに来てくれ(不思議に痛くない。きっと魔法の呪文を唱えたのだろう)た。その時の医師が「カサブタを取ったので、なるべく早く髪を洗った方が良い」と、忠告してくれた。きっとカサブタという位だから、何かの「蓋(バリヤー)」の役目をしていたのだろう。「ビオレ」だったか、廉価商品でシャンプーを、共同水場でする。上手にしないと、シャンプー用の取っ手は、暴走し余計な所まで濡れるハメになる。以前、着替えたばかりのパジャマを濡らしたことがあった。ずっと上を向いて寝ていたから、自然とオールバックとなる。しかも、地肌から出る「天然ポマード」で、ガチガチに固定されて、ギターを持てば「パンクロッカー」にも見えるのだが、パンクしているのは髪型ばかりか、頭の中なのであった。三回同じようにシャンプーした。でも、泡が立たない。4回目でようやく、普通にシャンプーの泡が出た。髪がしぼんで元気がなくなった。でも、気付かないようにしていた「カユミ」も大分減ったみたいだった。

明日再入院
仮でも「退院」する時には「実生活」というものから離れていたから、実感というものがわかなかった。だが、明日にはまた「病院生活」が始まる。今、「病院生活って?」どんなだったのか、実感が薄れていることに気付くのであった。

ヘアートリートメント
入院中はお風呂に入らなかった。その分、一時的退院生活では、毎日お風呂に入っている。最初の頃のいつまで洗っても背中のアカが浴槽にこすれて落ちる・・という怪奇現象?も、最近では解決したみたいだ。最初は「シャンプー」だけでも文明開化だったのだが、近頃ではこしゃくにも「ヘアートリートメント」まで、使っているのだった。髪の毛にチューブから出したヘアートリートメントを着けて、しばらく放置する。・・で、洗い流すと「~う~ん。シットリ~」なのである。髪の毛がバチが当たるのではとも思える、贅沢体験なのであった。