ivataxiのブログ

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家康 磐田

家康は磐田に城を構えようとした。でも、浜松東照宮曳馬城)を武田軍を迎え撃つ居城とした。鶴姫(築山御前)と幼い竹千代(家康)・亀姫(飯尾お田鶴姫)の駿府今川人質時代の幼い三角関係にあると、個人的には思うのだが。歴史では、織田信長からの進言。「信玄に東から攻められれば、西の天竜川に追われて不利」という考えに従ったということに。曳馬城は周囲が池・川と背に山があり、自然の地の利がある。

磐田 天竜川 浜松

磐田 天竜川 浜松

40年ほど前に運転免許を取った。「浜松で仕事するなら免許が必携」という。最初、旧東海道舞阪松並木の一方通行・浜松バイパスを逆走もした。会社のワンボックスはあちこちこすったが、他の人も平気でこすっていて、どれが新しい傷か容易にわからない。社用デリカだが、残業で電車がなくなると借りて家に帰った。途中から、ボロボロの原付(ロードパル)を購入。天竜川が南北に広く立ちはだかるからか、心理的に磐田は遠く思えた。「掛塚橋」もまだ新しかった。東海道1号線の橋は車線が多くて並ぶとついレース。途中、浜北に大きな橋もできた。有料の橋も太平洋側にできた。二俣近辺にも橋が渡り、今では浜松との距離が近くなった。通勤は同時に少ない橋に集中するから、浜松~磐田の通勤は今も大変。今年いつのまにか「浜松信用金庫」と「磐田信用金庫」は合併。「浜松いわた信用金庫」になった。磐田・浜松の互いの距離と心理的乖離を時間をかけずに親和させていかねばならないという昨今。

五枚橋

上島から新しい道が東西に伸びた。バス停も移動した。まっすぐ坂を上る道がメイン。北に曲がってすぐ左折するとパチンコ屋さんと事務用品の店があるバス通り。ここは上下とも渋滞ポイントだ。少し北上すると東に染地川が平行する。桜並木も見える。「ふれあい街道」と、クイが立っている。狭いのに、人・自転車・バス・自動車などがひしめくからだろうか?いやでも触れ合う。信号機は「五枚橋」。渋滞の上を必ず航空自衛隊ジェット機が通る。かなり下降していて、東から西に同じコースを通る。上を見ると「ジェット機の腹」が見える、レアなスポット。

祝田(ほうだ)・佐浜 ナウマン

祝田(ほうだ)・佐浜 ナウマン

祝田は崖を埋めて坂にしたという。「佐浜から土を持って来た」と過去に書いたが、地理的に無理がある。祝田の崖の上の土を落としたのだろうか。祝田と佐浜を混同・混乱っしてしまったいいわけ。「どちらもナウマンゾウの骨が出た」という共通点。マンモス以前の暖かい時代の毛のはえていない、ナウマンゾウユーラシア大陸から離れて再構築された地面という証明。一旦、大陸から東に離れて、ハワイ方面から近づくプレートに押し戻され、盛り上がった地形なのだろう。

堀江藩 万石事件 佐浜

堀江藩 万石事件 佐浜

もしかしたら「堀江県」が今存在したかもしれないが「万石事件」という、広さの報告にウソがあったということで、明治政府から「県の認可」を取り消されたとか。湖東の「佐浜」というエリアが、元々は湖だったのだが、そこを埋め立てて土地として申請したのがいけなかったのだとか。井伊直弼は生前、佐浜の土で「祝田の坂」を埋めたとか。元々は崖だったのを坂にならした。井伊家の墓や、重要なポイントを改修したようだ。お陰で現在「ナオトラ」関連の観光ポイントが見れる。問題は、井伊直弼は徳川の金庫番でもあり、桜田門外での刃傷沙汰の影には「埋蔵金」のありかを正す意図もなかったとはいえない。「佐浜」の埋立地も重要なポイントの一つなのかも?

回る寿司

回る寿司

近所に「アトム寿司」があった頃に行ったきりの回転寿司に行った。「倉寿司」という通行の多い道沿いのチェーン店。アトムは丸く回転形式だったようだが、倉は4人掛けのボックス席が並び、電車の座席に近い。向かい合わせに対し、横面に電車の景色が流れるように寿司が流れる。たまたま座った席は、すりガラスが一部透明になって、向こうが見えた。手前が「反時計回り」なのだが、向こうはその逆に回る。席が動かないのに、回る寿司のベルトコンベアを見ていると、座席が動いている錯覚。手前と向こうと座席を見ていると、自分が今どこに立っているのかわからない「ビックリハウス」みたいな不安感に襲われる。スマホのようなタッチパネルでも注文ができる。どうやって、自分の席にその注文が来るのだろう?しばらくすると、ベルトコンベアは二段構えになっていて、センサーを頼りに高速で移動してピタッと止まった。在来線と急行みたいだ。寿司なのに、ハンバーガー・うどん・カレーも食べられる。誰かに聞いたが、回転寿司とファミレスで同じ物が出ることがあるという。店舗は違えど、バックの資本は共通という仕入れらしい。

電柱

電柱

裏道に一本、木でできた電柱があった。裏道を隠していた建物が移動して、そこはホテルの駐車場になった。隠していた物がすっかりあからさまになる。昨年の強い台風で、その木の電柱は折れた。(浜名湖の海からの風が直接当たったところは数本電柱が折れた)暗がりを照らすための「街灯」がつけてあった。でも、今では暗がりではなくなった裏道なので「もう電柱も街灯も必要ない」ということに。
バブルの頃は「電柱に巻く広告」が、我勝ち状態だった。でも「もう電柱は地面に埋めてしまうから、広告はできなくなる」というウワサ。今でも電柱はあるし、巻き広告だって残る。「5G」は現存する電柱を使うのだそうだ。なくなるハズの物が、なくては困る物となるのかも?
黒澤明監督は、カメラを覗いて「あの、電柱を切ってこい」と、命令したとか。映画の撮影も電柱・電線のない風景は限られている。日本に似たニュージーランドで「ラストサムライ」は撮られたとか。ティムバートン監督は、すっかり町を作ってしまったとか?電柱も困った一面もある。