ivataxiのブログ

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仮面

バットマンスパイダーマンなどの仮面をつけたヒーローが気になる。バットマンは自分の弱さを、肉体を鍛え、両親の残した資金力や科学力で武装することでカバーしている。彼は、まったく突然に両親を強盗に目の前で殺されるという幼児体験をしたのだ。決して悪を許さないという幼児決断も、その頃のことが関係しているのだろう。井戸に落ちた時に自身が感じたコウモリに対する恐怖を、悪人たちにも味合わせるという屈折した手法も、不可解なのだが身近に感じる。ただ、彼は生身の本来は普通の人間なのだ。一方、スパイダーマンは、遺伝子操作による突然変異で生まれたクモに刺されたことによる生体の変化で、クモの超能力も身に着けたという点がバットマンとは違う。彼自身のデザインした突飛で毒々しいなコスチュームが、超能力を見るものに受け入れやすくしているようだ。この二人とは一線を画すのがスーパーマンだろう。彼は仮面を着けていない。そればかりか、彼は違う星(クリプトン星)の生まれなのだ。でもなぜか、姿形はまったく地球人そっくりなのである。重力の違う星生まれなので、たぶん体の構造は違だろう。見た目が、地球人とナゼか同じなので区別がつかない彼はでも正確にいえば異星人/エイリアン/侵入者なのだ。エイリアンなのだから、もし「エイリアン」や「E.T」のような外見であったならば、地球人からの印象が違っただろう。眼鏡をかけてクラーク・ケントである時間は、どちらかといえばボンヤリとして、できの悪い普通のデイリープラネット社の新聞記者なのである。でも一旦、コスチュームを着替えて眼鏡をはずすと、スーパーマンに変身する。そんなところが普通の人の夢を代弁していて、胸がすく活躍と映るのかも知れない。女性との接触関係についての悩みを持つのが、スパイダーマンとスーパーマンだろう。この二人に共通の、遺伝子や体の構造の違いが、一般の地球の女性との関係には受け入れられないかもしれない、一抹の不安やコンプレックスを持たせているのだろうか?バットマンの場合、スーツ姿の実業家の顔に戻れば、その辺にある当たり前のアメリカ人なのだ。インターネット上の表現である「ブログ」という顔の見えない表現は、昔ならば決して顔を見せない作家とかゴーストライターのような存在なのだろうか?「ブロガー」は普段は、普通の人としての生活の中ではごく当たり前の人間としての顔を持つ。だが一旦パソコンとネットにつながると、サイバー戦士に変身するのだ。そんなところが、バットマンとも似ていると思える。